ソウルで過ごした一日の、両端の記録。朝は参鶏湯、夜は明洞の人混みだった。
朝九時の参鶏湯
三月三十日の朝九時過ぎ、参鶏湯を食べた。ソウルで最後に食べたものが、これだった。

鶏が一羽、そのまま入っている
器のなかに、鶏が一羽まるごと入っている。
腹のなかにもち米が詰めてあって、スープと一緒に煮込まれている。箸を入れると身が骨から外れ、崩れながら出てくる。
スープは白く濁っていて、こちらも最初は味が薄い。塩をひとつまみ入れて調整する。ソルロンタンと同じ考え方だ。韓国の白いスープは、店ではなく食べる側が仕上げる。

朝に食べる料理として
店内は木のテーブルが並ぶ、落ち着いた作りだった。朝の時間帯なので、席にはまだ余裕がある。
参鶏湯は日本だと夏の滋養食という扱いで紹介されることが多い。ただ、実際に食べてみると、寒い朝にこそ効く。三月末のソウルはまだ空気が冷たくて、器から立つ湯気がありがたかった。
スープで始めて、スープで終わる
この滞在では、朝にソルロンタンを食べ、別の朝に参鶏湯を食べている。どちらも白く濁ったスープで、どちらも味が薄いところから始まる。
偶然そうなったのだが、結果として、この街の朝の食べ方を二回続けて経験したことになった。熱いものを最初に入れて、自分で味を決める。それが基本の形なのだと思う。
この日のメモ
- 百済参鶏湯はソウルにある参鶏湯の店
- 鶏が一羽まるごと入り、腹のなかにもち米が詰めてある
- スープはそのままでは味が薄い。塩で自分で調整する
- この日は2025年3月30日の午前九時過ぎ
- 朝から営業している。寒い時期の朝に向く
- 営業時間・メニューは変わることがあるので、来店前に確認を
同じ滞在で食べた明洞のソルロンタンも、同じ「自分で仕上げる」形式でした。
※2025年3月訪問。営業情報は訪問時点のものです。
夜八時の明洞
夜八時の明洞は、歩くというより流されるという感じだった。娘と二人で、その流れのなかにいた。

二〇二五年三月二十八日、午後八時前
通りに出たのは午後八時の少し前だった。
両側に看板が積み上がっていて、地面近くまで光っている。屋台が出ていて、そのまわりに人だかりができる。人の密度が高いので、行きたい方向に進むだけで時間がかかる。
東京の繁華街とは、混み方の質が違う。人が滞留するのではなく、常に動いている。

店を見て回る
娘の目的は買い物だった。
韓国のファッションブランドの店が並んでいて、日本で見かけるものもあれば、見たことのないものもある。入って、見て、出て、次の店に入る。この繰り返しが延々と続く。
親としては、荷物を持って後ろを歩く役になる。ただ、この時間は嫌いではなかった。何を選ぶかを見ていると、その子が今どういうものを良いと思っているかが分かる。

九時前まで、歩いていた
店を出たり入ったりしているうちに、九時近くになっていた。
観光として明洞に来ると、名所を見て回るという発想になりがちだ。ただ、この街に関しては、ただ歩いているだけで十分に街を見たことになる。看板と人と匂いが全部ここにある。
この日のメモ
- 明洞はソウル中区。夜になると人の流れが濃くなる
- ファッションブランドの路面店が集まっている
- 屋台が出ていて、通りの真ん中で足が止まる
- この日は2025年3月28日、午後八時前から九時近くまで歩いた
- 店の入れ替わりが早いエリアなので、目当ての店があれば事前に確認を
※2025年3月訪問。店舗情報は訪問時点のものです。
翌朝は同じ明洞で、味のついていない白いスープを自分で仕上げていました。
【ソウル】明洞の神仙ソルロンタンで朝食。味がついていないところから、自分で作る


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