サービスエリアで一息入れて、慶州で最初に向かったのは吐含山の中腹に建つ石窟庵(ソックラム)。ユネスコ世界遺産に登録された、新羅仏教芸術の頂点と呼ばれる石窟寺院である。


1300年前の技術に、言葉を失う
参道の案内板には日本語の解説もあった。建立が始まったのは751年。新羅の宰相・金大城が、前世の父母のために建てたと伝えられる。方形の前室と円形の主室を廊下でつなぎ、360余りの花崗岩を精密に積み上げてドーム型の天井を組む——鉄筋もセメントもない時代の話だ。


石窟の内部は撮影禁止。ガラス越しに対面した本尊の如来坐像は、一つの花崗岩から彫り出されたものだという。あの硬い石を、どう彫ったのか。そもそもこの巨石を、どうやって山の中腹まで運び上げたのか。1300年前とはとても思えない造形を前に、疑問ばかりが湧いて、答えの代わりに静かな圧に打たれる。写真に残せないことが、かえってこの場所の記憶を濃くしている気がした。

参道の燃灯と、山の眺め
堂の外に出ると、参道にはピンクや黄色の燃灯(ヨンドゥン)がびっしりと連なり、一つひとつに祈願の札が下がっていた。振り返れば慶州の山並みが遠くまで見渡せる。仏の視界は、思っていたよりずっと広い。


この日のメモ
- 石窟庵(ソックラム)は新羅時代の751年、宰相・金大城(キム・デソン)が建立を始めた石窟寺院。当初は「石仏寺」と呼ばれた(現地案内板より)
- 方形の前室と円形の主室からなり、360余りの花崗岩を積んでドーム天井を組む。本尊の如来坐像は一つの花崗岩から彫られている
- 1995年、仏国寺とともにユネスコ世界文化遺産に登録。石窟内部は撮影禁止
- 拝観は駐車場から参道を10分ほど歩く。開場時間等は慶州市の公式観光サイトで確認を(情報は訪問時点のもの)
山を下りれば、同じく金大城が手がけたもう一つの世界遺産・仏国寺が待っている。
石窟庵について、よくある質問
石窟庵はどんな場所ですか?
吐含山の中腹に建つ石窟寺院です。現地の案内板によれば、新羅時代の751年に宰相・金大城が建立を始め、当初は「石仏寺」と呼ばれていました。
建築の何がすごいのですか?
方形の前室と円形の主室を廊下でつなぎ、360余りの花崗岩を精密に積み上げてドーム型の天井を組んでいます。セメントも鉄筋もない時代の仕事です。本尊の如来坐像は、一つの花崗岩から彫り出されたものだと説明されていました。
堂内は撮影できますか?
石窟の内部は撮影禁止で、本尊にはガラス越しに対面します。写真に残せないぶん、かえって記憶が濃く残りました。
駐車場からどのくらい歩きますか?
参道を10分ほど歩きます。道の両側にはピンクや黄色の燃灯(ヨンドゥン)が連なり、一つひとつに祈願の札が下がっていました。振り返ると慶州の山並みが遠くまで見渡せます。
仏国寺とセットで回れますか?
回れます。仏国寺も同じ金大城が手がけた寺で、1995年に石窟庵とともに世界遺産に登録されました。山を下りればすぐです。開場時間などは慶州市の公式観光サイトで最新をご確認ください。
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※2026年8月訪問。価格・営業情報は訪問時点のものです。
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